
【この記事で分かること】
- 国政の「合流」と地方の「自公蜜月」に横たわる深い温度差:中道改革連合の結成という激震の中でも、なぜ地方議会では従来の安定した協力関係が維持されようとしているのか、その構造的な理由。
- 地方議会が「自公」を解消できない3つの実務的要因:首長の予算案を可決させるための「数の論理」、数十年にわたる選挙協力の蓄積、そしてイデオロギーよりも優先される生活密着型の政策課題の実態。
- 現場の職員を襲う「板挟み」の苦労:国への要望ルートの分断や、議会答弁での繊細な言葉選びなど、政界再編が自治体のルーチン業務にもたらす具体的なリスクと対策。
- 2026年衆院選後のシナリオと公務員の生存戦略:選挙後の地殻変動に備え、特定の勢力に依存せず「政策のエビデンス」と「中立的な立ち回り」でキャリアと自治を守るためのプロの心得。
永田町が歴史的な地殻変動に揺れています。2026年2月1日の衆院選投開票日を前に、
は、政治に疎い層でさえも足を止めるほどの衝撃を与えました。
しかし、その激震が走るテレビ画面を横目に、地方自治体の庁舎内では、どこか奇妙な静けさと困惑が漂っています。特に議会事務局や財政課、企画課といった「議会対応」の最前線にいる職員ほど、この静かな違和感の正体を知っています。
国政では昨日までの敵が今日の友になり、数十年来の枠組みが崩壊している。
それなのに、私たちが向き合う地方議会の議場では、今なお自民党と公明党の議員ががっちりと握手し、当局提案の予算案を平然と守っている。
この「永田町と地方の温度差」をどう読み解けばいいのか。そして、2月1日を境に、私たちの仕事はどう変わるのか。
今回は、一過性のニュース解説ではなく、
この政変が「地方公務員の実務」にどのようなインパクトを与えるのか
元財政課長の視点から、その生々しい裏側を深掘りします。
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永田町の激震と、地方議会の「静かなる困惑」
2026年1月20日現在。衆院選まであと10日余りとなり、世の中は「中道改革連合」という新しい巨大な塊が、既存の自民党一強体制をどう崩すのかという話題で持ちきりです。
ところが、地方に目を向けると、風景は全く異なります。
例えば、今まさに3月定例会に向けて予算編成の最終盤にある自治体の現場を想像してみてください。そこにあるのは、国政の論理とは切り離された、極めて「実務的」で「強固」な地方政治の論理です。
国政で公明党が立憲民主党と合流したからといって、地方議会の自民党議員と公明党議員が、今日から急に敵対し始めるわけではありません。
それどころか、多くの地方議会では
「中央は中央、地方は地方だ」
と割り切ったような、静かな、それでいて底知れない困惑が広がっています。
この困惑は、決して他人事ではありません。私たち職員にとって、議会における「与党」の構成が変わるということは、これまで積み上げてきた合意形成のルートが根底から覆されることを意味するからです。
中央での「合流」という綺麗な言葉の裏側で、地方の現場では、昨日まで自公で進めてきた政策をどう「中道改革連合」の看板に掛け替えるのか、あるいはこれまで通り自民党と歩調を合わせるのか。
その判断がつかないまま、職員は議会対応のありかたを根本的に見直すべきなのかどうなのか、暗闇の中を手探りで進んでいるような状態です。
国政が提示する「新しい答え」と、地方に厳然と存在する「古い正解」。この二つの正解が正面衝突しようとしているのが、今の地方自治体の現在地なのです。
なぜ地方議会では「自公蜜月」が解消されないのか?実務上の3つの理由
中央での合流という大きなうねりに対して、地方の現場がなぜこれほどまで「動かない」のか。そこには、単なる義理人情だけではない、極めて実務的で、かつ身も蓋もない現実が横たわっています。
自治体職員として議会に関わっていると、政治的イデオロギーよりも「目の前の予算・議案」が通るかどうか」という数字の論理に支配される場面が多々あります。私が財政課長の椅子に座っていた頃の視点から、その動かせない理由を3つのポイントで整理してみます。



国政と地方政治は、根本的に違うというところを、まず押さえておく必要があるのにゃ。
予算案の安定可決:首長提案を支える「数の論理」
まず、最も切実なのが「数の論理」です。地方自治体において、予算案や条例案を可決するためには、議会の過半数の賛成が不可欠です。
例えば、特定の政党が突出して強くない中規模以上の都市を想像してみてください。そこでは、自民党系会派と公明党会派が手を組むことで、ようやく過半数、あるいは安定した多数派を形成しているケースが非常に多いのです。
もし、中央の論理に従って公明党が自民党との連携を解消し、立憲民主党の流れを汲む勢力と合流して「野党」に回ったとしたらどうなるでしょうか。昨日まで「与党」として首長の予算案を支えていた勢力が二分され、予算編成の根底が崩れます。
財政課の立場からすれば、これは悪夢です。一字一句、各会派への「根回し」のルートを作り直し、修正案の提出に怯えながら議場に立つことになります。首長にとっても、安定した議会運営を捨てるリスクはあまりに大きく、国政がどうあれ「今の安定」を維持したいという強いバイアスが働くのです。
選挙協力の歴史的蓄積:数十年来の「ドブ板」の絆
次に、選挙における「実利」の問題です。地方議員にとって、選挙は文字通り死活問題です。
地方議会の選挙では、国政のような「空中戦」ではなく、一票一票を積み上げる「ドブ板」の戦いが繰り広げられます。自民党の候補者が、公明党の支持母体からの推薦や支援を受け、逆に公明党の候補者が自民党支持層の一部から票を得る。こうした相互依存の構造は、一朝一夕にできたものではありません。
「中央でトップ同士が握手したからといって、隣の家で一緒に祭りの準備をしている他党の議員と、明日から敵対しろと言われても無理な話だ」
これは、あるベテラン議員が漏らした本音です。
中央の政党名が変わっても、地方の「人間関係のインフラ」はそう簡単に書き換えられるものではありません。実際に地方では、国政の枠組みとは異なる独自の「確認団体」や「共闘体制」が長年維持されている地域がいくつも存在します。



地方は、地域特有の課題に対して、超党派の連携体制をとって取り組んでいる事例もありますしね。



敵は政治的イデオロギーが対立する他の政治家ではなく、住民生活を脅かす政策課題なのにゃ!
政策の「生活密着度」:イデオロギーよりも「地域の課題」
3つ目は、政策の中身です。国政では防衛政策や外交といったイデオロギーが対立の軸になりますが、地方議会で議論されるのは「ゴミの収集ルート」や「学童保育の待機児童」といった、生活に密着した課題です。
こうした課題において、自民党と公明党の主張に、実は決定的な差がないことも少なくありません。どちらも「市民サービスの向上」と「インフラの維持」を掲げる姿勢では共通しています。
特に地方議会においては、公明党が「福祉の党」として、自民党の保守的な地盤を中道的な視点で補完する役割を長年担ってきました。この役割分担が、地方自治体の現場では非常にうまく機能してしまっているのです。中央で新しい看板を掲げたとしても、地方の議員からすれば、現在の協力体制の中で十分に政策が実現できているという手応えがある。
だからこそ、未知数な新勢力への合流を地方レベルで急ぐ必要性を感じにくいのが実情です。
現場の職員が直面する「板挟み」の構図:議会対応や要望活動はどう変わる
国政の枠組みが変わるということは、単にニュースの中の話では済みません。それは、自治体の「公式な文書」や「議場での答弁」を支えてきた論理を、根底から見直さなければならないことを意味します。
政変が「要望書」の一行を書き換えさせる瞬間
私が財政課長をしていた頃、最も神経を削った仕事の一つに、国への「重要施策要望」の作成がありました。
自治体は毎年、国に対して「予算をつけてほしい」「制度を改善してほしい」という要望書を携えて、永田町や霞が関へ足を運びます。この際、単に役所の窓口に書類を置くだけではなく、地元の国会議員や与党の有力議員を通じて「根回し」をすることが、予算獲得の成功率を左右する不可欠なプロセスです。
これまでは「自公の強固な連携」を前提に、それぞれの党のキーマンを訪ねるルートが黄金律として確立されていました。しかし、今回の「中道改革連合」の結成により、その地図が真っ白になります。
例えば、ある自治体では、これまで自民党の有力議員と公明党の重鎮議員が共同で動くことで、大規模なインフラ整備の予算を勝ち取ってきました。ところが今回、公明党が立憲民主党の流れを汲む勢力と合流したことで、窓口が「自民党ルート」と「連合ルート」に真っ二つに割れてしまったのです。
- 要望書の宛先や文言に「改革」というキーワードをどの程度盛り込むべきか。
- これまでの自民党ルートを維持しつつ、新勢力である連合にどうアクセスするか。
- もし「連合」側に寄りすぎた文言にすれば、地元の自民党重鎮議員の機変を損ね、市議会での予算審議に跳ね返るのではないか。
こうした「正解のないパズル」を、秘書課や企画課、財政課の中間管理職たちは、夜遅くまで解き続けることになります。
実際に、ある県庁の友人からは、「国への要望ルートが二分され、どちらを優先すべきか首長も判断できず、事務方が板挟みになっている」という悲鳴にも似た相談が届いています。



特に公明党が強い自治体は、これまでのような「公明党を与党として使う
というルートが完全に消えちゃったんですよね。
議会答弁の「語尾」一文字に神経を削る日々
さらに深刻なのが、本会議や委員会での「議会答弁」です。
公明党の議員が「中道改革連合」という新しい看板を背負って質問に立つ際、彼らの主張には必ず「独自の色」が混ざり始めます。これまでは自民党と足並みを揃えていた福祉政策や教育政策についても、合流相手である旧立憲民主党側のエッセンスを取り入れた、より鋭い質問が飛んでくることが予想されます。
ここで職員が注意すべきは、答弁の「言葉選び」の繊細な変化です。
私の経験上、こうした時期の答弁書作成では、語尾の一つひとつ、接続詞の一つひとつに「政治的な意図」が含まれていないか、上司から部下までが目を皿にしてチェックすることになります。
例えば、「自公の緊密な連携のもとで……」という、これまでのテンプレ通りの答弁を無意識に使ってしまうと、新勢力としてのアイデンティティを確立したい議員側から「今の我々の立ち位置を理解していないのか」と不興を買うリスクがあります。
逆に、新勢力に忖度しすぎた表現を使えば、地方議会で最大会派を維持している自民党から「当局はどこを向いて仕事をしているんだ」と、これまた厳しい追及を受けることになります。
一見すると滑稽な光景かもしれませんが、地方自治という「安定」を維持するためには、この極めて繊細なバランス感覚こそが、現場のプロ公務員に求められる最大のスキルなのです。特定の政党の顔色をうかがうのではなく、あくまで「市民にとっての最適解」を語りつつ、政治的な地雷を巧みに避ける。この高等技術が、今まさに試されています。



つまらないことのようにも見えますが、ここをちゃんとしておかないと、通る議案も通らなくなりますからね…。
2026年衆院選後のシナリオ:地方から始まる「地殻変動」の可能性
投開票日の翌日、庁舎の廊下ですれ違う議員たちの表情は、これまで見たことがないほど強張っているはずです。特に、公明党の地方議員の方々は、自分たちのアイデンティティと実利の間で、かつてないジレンマに立たされることになります。
国政本部の「合流圧力」と地方組織の「生存本能」
衆院選で中道改革連合が一定の勢力を確保した場合、次に来るのは地方組織への「合流」の圧力です。
国政レベルではすでに公明党の衆院議員が新党に加わっていますが、
が示されています。しかし、国政での連携が深まれば深まるほど、地方に対しても「いつまでも自民党と組んでいるのはおかしいのではないか」という批判が、他ならぬ新党側から飛んでくるようになります。



これは地方議会の立憲民主党系議員からも問われてくることになりそうにゃね。
地方組織が「今の自民党との協力関係を壊したくない」と願っても、国政本部が「次回の統一地方選挙は中道改革連合の公認で戦う」と決定してしまえば、地方の自公蜜月は物理的に崩壊します。
この、上(国政)から降りてくる決定が、地方の安定した議会運営というダムに、少しずつ、しかし確実にひびを入れていくのです。
中道改革連合の「刺客」と既存議会勢力図の塗り替え
さらに戦慄すべきシナリオは、次期地方選挙において「中道改革連合」が独自の公認候補、いわゆる刺客を送り込んでくるケースです。
これまでの地方議会は、自民・公明・旧民主系(連合系)がそれぞれのパイを分け合い、共存共栄を図る「相乗り」構造が一般的でした。しかし、新党が「古い地方政治の打破」を掲げて、自公が独占してきた議席に斬り込んできた場合、既存の合意形成ルートは文字通り瓦解します。
特に、都市部においては、浮動票を狙った新党の勢いが既存の組織票を上回る可能性があります。職員の立場からすれば、これは「これまで説明を尽くして、ようやく理解を得ていたキーマン」が、一夜にして議席を失い、全く新しい、かつ批判的な勢力に入れ替わるリスクを意味します。
「これまでの常識」が通用しなくなる局面での立ち回り方
では、こうした動乱期に、私たちプロ公務員はどう立ち回るべきでしょうか。
私がこれまでの役所生活において、確信しているのは、
こうした時こそ「特定の政治勢力に過度に適応しない」という、ある種の鈍感力が重要になる
ということです。
政治の風向きを見て、あまりに早く「新勢力寄り」の資料を作ったり、逆に「旧勢力」に義理立てしすぎたりすると、風向きが変わった瞬間に身動きが取れなくなります。
賢い職員がやっているのは、以下の3点を徹底することです。
- 政策の「客観的なエビデンス」を磨き直す: 政治的な駆け引きの材料にされないよう、どの勢力が政権を握っても否定できない、客観的なデータに基づく論理武装を固めておく。
- あらゆる会派と「等距離」で情報のパイプを維持する: 特定の有力議員に頼り切るのではなく、新人議員や少数会派にも丁寧な説明を絶やさない。誰が明日の主役になっても、説明責任を果たせる準備をしておく。
- 答弁の「逃げ道」を確保する: 「自公の連携」といった具体的な固有名詞を避け、「議会の広範な合意のもとで」「市民の代表である議会との丁寧な議論を通じて」といった、より抽象的で普遍的な表現に切り替えていく。
地殻変動は、準備をしていない者にとっては災害ですが、準備をしている者にとっては、古い慣習を打破して新しい政策を通すための「好機」にもなり得ます。嵐が過ぎ去るのを待つのではなく、嵐の中でも沈まない船を、今この瞬間から作り始める必要があるのです。



ところで、地方公務員は本来政治的に中立であるべき立場だから「特定の政治勢力に過度に依存しない」というのは当然のことじゃないのかにゃ?



確かにそのとおりなのですが、現実的にお仕えしている首長が政治家なのと、政治的な思惑を意識しながら議会と調整をする必要があるのとで、職員は中立的でありつつも、政治に一定の関心を持つのは事実なんですよね。
まとめ
中央での「合流」というドラマチックなニュースの裏側で、地方公務員である私たちが向き合う現実は、より複雑で、より手触り感のあるものです。2月1日の衆院選がどのような結末を迎えようとも、翌朝には市民が役所の窓口を訪れ、新しい事業の相談が入り、議会の準備は淡々と進んでいきます。
政治の波は激しく入れ替わりますが、自治体という土台は、決して揺らいではならない。最後に、この動乱期を生き抜くために私たちが持っておくべき「羅針盤」についてお話しします。
政変の嵐の中で、私たちは「市民の利益」をどう守るべきか
永田町の勢力図が塗り替えられるとき、多くの職員は「次は誰に根回しすればいいのか」「どのキーワードを答弁に入れればいいのか」と、つい「風向き」ばかりを気にしてしまいがちです。しかし、私が財政課長として、また総務省の現場で見てきた「本当に仕事ができる職員」は、風向きを追うのではなく、風が吹いても倒れない「政策の柱」を建てることに全力を注いでいました。
特定の勢力に依存しない「政策の正当性」を磨く
政治の枠組みが不安定になればなるほど、実は私たち事務方の「専門性」と「論理」の価値は高まります。
「自民党の有力議員が言っているから」 「中道改革連合の重点施策だから」
こうした理由だけで進める事業は、政変が起きれば一瞬で「負の遺産」に変わります。しかし、客観的なエビデンスに基づき、地域の課題を解決するために積み上げたロジックは、どの勢力が実権を握っても容易に崩すことはできません。
私がかつて担当したある大型の福祉施策も、当初は特定の会派からの強い要望でした。しかし、そのまま形にすれば政敵からの攻撃材料になります。そこで私たちは、他都市の失敗事例を徹底的に分析し、財政的な持続可能性を数字で裏付け、あえて「改革」という言葉を使わずに「持続可能な市民サービス」という普遍的な論理に昇華させました。結果として、その後の政権交代でもその事業は一切削られることなく、今も地域の支えとなっています。
変わるもの、変えてはならないもの
これから2月1日の投開票を経て、地方議会にも確実に新しい風が吹き込みます。古い自公の蜜月関係が続く地域もあれば、急激に中道改革連合の旗が立つ地域もあるでしょう。
その中で、私たち公務員が守るべき最後の一線は、政治的な勝ち負けに右往左往することではありません。
「この予算は、5年後の市民を幸せにできるか?」 「この答弁は、公平・中立な行政としての責任を果たしているか?」
このシンプルな問いに立ち返ることこそが、どんな激動の時代においても、プロの公務員としての誇りを守り、同時に自分自身のキャリアを守る最強の武器になります。
政治の季節は巡りますが、現場の泥臭い実務こそが、この国の形を作っています。目の前の「ねじれ」に戸惑うこともあるでしょうが、それさえも「新しい自治の形」を作るプロセスだと面白がるくらいの余裕を持って、共にこの春の激戦を乗り越えていきましょう。








