
【この記事で分かること】
- 中規模自治体における「兼務」の実態: 多くの自治体では総務課が選管事務局を兼ねており、組織図上の「別部署」は、現実には「全く同じ人間」がデスクを並べて回している。
- 都道府県における「調整役」のパンク: 市町村課が選挙管理と物価高対策の窓口を兼ねることで、市町村と国を繋ぐ連絡調整ルートに、想定を越えた過度な負荷がかかっている現状。
- 選挙特有の「全職員総動員」体制: 部署に関わらずほぼ全職員が投票・開票事務に動員されるため、選挙期間中はあらゆる「通常業務」や「緊急事務」の遂行が物理的に困難になる。
- 財政課が直面するスケジュールの地獄: 当初予算編成という一年で最も過酷な時期に、複数の補正予算対応が重なることの理屈上の不可能性と、それを受け止める職員の疲弊。
テレビの前で、思わずのけぞってしまいました。
党首討論。解散風が吹き荒れる中、高市早苗総理が放った
「選挙の実施と物価高対策の事務は、自治体の中で別の部署がやっている」
という趣旨の発言。
一見すれば、もっともらしい「組織論」に聞こえるかもしれません。大規模な政令指定都市や、中央官庁のピカピカした組織図だけを見ていれば、そう信じたくなる気持ちも分かります。
しかし、現場で泥を啜るようにして予算と定数管理に奔走し、市役所、県庁、そして総務省の廊下を歩いてきた私から言わせれば、
あの発言は「嘘」か、さもなくば「現場に対するあまりにも残酷な無知」のどちらか
です。
組織図の枠線は、あくまで「役割」を分けるものであって、「人間」を増やす魔法ではありません。特に地方自治体という現場において、その枠線の内側にいるのは、選挙も、物価高対策も、そして日常の住民サービスも、すべてを一身に背負わされている「同じ職員」なのです。
今回は、元財政課長として、あの発言がいかに地方自治の実態を無視したものであるか、そして今まさに現場が直面している「三位一体の地獄」について、包み隠さずお話しします。
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中規模以下の自治体に「別部署」なんて存在しない
まず、この国を支えている「市町村」の圧倒的大多数がどのような体制で動いているか、その現実を直視していただきましょう。
看板だけが二つ。中身は同じ。これが「市町村」の現実です
高市総理は「別部署」と仰いましたが、中規模以下の自治体において、選挙管理委員会事務局という「独立した実力組織」が存在しているケースは稀です。
実際には、
「総務課」のような部署の職員に「選挙管理委員会事務局」の併任辞令を発令している
のが一般的。つまり、看板が二つ掛かっているだけで、デスクに座っている人間は一ミリも変わりません。



この場合、総務課長が選管書記長を併任して、「総務課長としては総務部長が上司に、そして選管書記長としては選管委員長が上司に…みたいになるんですよね。
- 朝は「総務課員」として、物価高対策の給付金事務の起案(決裁文書の作成)を書き、
- 昼は「選管事務局員」として、投票用紙の発注やポスター掲示場の設置業者と打ち合わせをし、
- 夜はまた「総務課員」として、補正予算の資料作成に追われる。
これが、地方自治の最前線のリアルです。
電話の向こう側に「別の担当者」はいない
「給付金の手続きはどうなっているんだ?」という住民からの問い合わせに答えるその口で、直後に「投票所への入場券が届かない」という苦情を処理する。
地方の職員にとって、事務の切り替えとは「部署を移動すること」ではなく、単に「頭の中のファイルを入れ替えること」に過ぎません。そこには「別の部署だから余裕がある」なんて理屈は一欠城も存在しないのです。



看板が二つあるのに、中身は同じ人たちがやってるの? それって、一人二役どころか三役くらいやってるってことかにゃ?



そう。中央の政治家は『組織図』だけ見て安心しているかもしれないけれど、地方の組織図なんて『同じ人の名前』があちこちのボックスに散らばっているだけだったりするのよね…



「別部署」とか「任命権者が別」とかいう建前が空しく響くにゃ…
都道府県も例外ではない。「市町村課」というハブの悲鳴
「別部署だから関係ない」という論理が通用しないのは、市町村だけの話ではありません。
広域自治体である都道府県の、国と地方を繋ぐパイプ役を担う部署もまた、この「総動員」の波に飲み込まれます。
都道府県において、各市町村の行財政を支援し、助言を行う窓口となるのが「市町村課(名称は自治体により異なりますが)」です。実はここも、今回の発言の問題点が最も激しく噴出する場所の一つでもあります。



市町村課は「市町(村)振興課」「自治振興課」など、何パターンかの名前のバリエーションがありますね。
さて、
都道府県の選挙管理委員会事務局は、その実態として市町村課などの特定部局が兼務しているケースがほとんど
です。



市町村課は総務省旧自治部局のカウンターパートで、国の中央選管も総務省の中にあるからでしょうね。
一方で、国が打ち出す「物価高対策(地方創生臨時交付金など)」において、各市町村からの実施計画を取りまとめ、国への協議窓口となるのも、同じ市町村課の役割です。
私が県庁にいた時も、大きな選挙が入ると市町村課の電気が深夜まで消えることはありませんでした。右の手で衆院選の執行管理や候補者の届け出書類を確認し、左の手で各市町村から上がってくる交付税や決算統計の数値をチェックしたり、内閣府に提出する臨時交付金の中身を聞き取ったりする。
一つの部署、一つの係が、地方自治の「制度の根幹(選挙)」と「臨時交付金(物価高対策の財源)」の双方を一手に引き受けているのです。
選挙という一分一秒を争う事務と、物価高対策という緊急性の高い事務が重なれば、連絡調整ルートはパンク寸前になります。
こうした現場の「一本の細い糸」のような依存構造を知っていれば、「別の部署がやっているから大丈夫」などという無責任な言葉は、とても口にできないはずです。
「全職員総動員」という選挙の特殊性
さらに現場を追い詰めるのが、選挙という事務が持つ「全職員総動員」という特殊性です。
選挙当日、投票所に立っているのは選管の職員だけではありません。福祉部局のケースワーカーも、土木部局の技師も、普段は住民税の計算をしている税務課の職員も、全員が「投票管理者」や「受付事務」として駆り出されます。
私が市役所にいた頃も、選挙が決まれば全庁に「動員割り当て表」が配られました。
部長級から若手まで、部署の垣根を越えてパズルのように配置が決まっていきます。この期間、役所の通常業務は実働リソースが激減し、実質的にストップするか、極めて細いラインで回さざるを得なくなります。



そして、この割り当てを作る人事課や総務課もまた、大パニックになるわけだにゃ…



ましてや今は、4月1日向け人事異動の作業中ですしね…
つまり、「別部署だから物価高対策ができる」はずの福祉部局の担当者も、その日は朝から晩まで投票所で名簿をめくっているのです。それだけならまだ「選挙当日」で済むかもしれませんが、投票施設の借り上げ交渉や立会人の選任、さらには開票作業まで含めれば、役所全体が「選挙一色」に染まります。
この圧倒的なマンパワーの投入を無視して、組織図上の理屈を語るのは、現場に対するあまりにも残酷な無知と言わざるを得ません。
【本丸】財政課長が直面する「三位一体の地獄」
そして、これらの事務を予算という側面からすべてコントロールしなければならない財政課にとって、今回の事態はまさに「地獄」そのものです。
財政課を経験した者なら、今のスケジュールを見ただけで身の毛がよだつはずです。彼らは今、以下の3つの巨大な山を同時に捌かなければならない「三位一体の地獄」にいます。
- 物価高対策(12月補正予算): 国の指示に基づき、タイトなスケジュールで積算し、議会に諮る。
- 衆院選(補正予算の専決処分): 一刻の猶予もない中で数億円の選挙費用をひねり出し、首長判断で「専決処分」を行う。
- 来年度当初予算編成: 全職員が選挙に駆り出される中、役所で最も重要な「来年度の設計図」を作り上げる。
当初予算編成の期間中に、国から理不尽なスピード感で緊急対策を求められることがどれほどの恐怖か。
仮に私が財政課長だったとして、選挙費用の専決書類を作っている横で、給付金の財源をどう捻出するか計算し、さらに来年度の新規事業を査定する……そんな状況を想像するだけで胃が痛くなります。
財源の裏付けを確認し、議会への想定問答を作るのは、選挙費用の管理をしているのと全く同じ「財政課の予算係」なのです。「部署が違うから大丈夫」という言葉は、予算を一本にまとめ上げ、議会に対して責任を負う財政当局の苦悩を、これ以上ないほど踏みにじるものです。



財政課の人たち、大丈夫かにゃ、生きてるかにゃ…



「選挙と物価高対策は別部署だから大丈夫」は、地方自治体の予算の仕組みや、それを預かる自治体財政課の存在を知らない前提での発言のようにも思えます…
まとめ
以上、今回は、高市総理の「選挙と物価高対策は別部署」という発言について、いくつかの切り口から問題提起をさせていただきました。
高市総理は、元総務大臣という、地方自治の仕組みを司るトップを経験された方です。
にもかかわらず、現場の「兼務」や「総動員」の実態を知らないのだとしたら、それは単なる知識不足では済みません。それは、地方の現場がいかにギリギリの人数で、いかに多種多様な業務を泥臭く回しているかという「現実」に、一度も目を向けてこなかったことの証左でもあります。
組織図のボックスは、マジックで線を引けば分かれているように見えます。しかし、その中に入っているのは「感情」と「生活」と「限界」を持った生身の人間です。
線を引くのは簡単ですが、その線一本の裏側で、現場の職員が背負う責任と事務量が二倍、三倍に膨れ上がることを、国を動かす人たちには決して忘れないでほしいのです。
私が公務員として歩んできた日々の中で見てきたのは、看板を掛け替え、名前のない業務を拾い、全庁一丸となって住民の負託に応えようとする、名もなき職員たちの献身的な姿でした。
今回の発言に覚えた強い違和感は、そうした現場の「尊厳」が、効率的で綺麗な組織論によって踏みにじられたように感じたからかもしれません。
日本のトップに立つなら、どうか地方自治体の最前線で、文句一つ言わず働き続ける地方公務員たちの苦労に、どうか思いを馳せてください。
地方を、そしてこの国を支えているのは、政治家ではなく、現場で走り続ける職員たちの汗なのです。








