
【この記事で分かること】
- 一般財源総額100兆円突破の舞台裏と「マクロ・ミクロの乖離」の正体
- 「臨財債ゼロ」の継続が自治体経営に突きつける、自立と責任の重み
- 物価高騰と給与改定への「財源保障」を、予算交渉の武器にするロジック
- 国家財政との温度差が生むリスクと、地方が主張すべき「現場の実感」
毎年12月下旬、全国の財政担当者が固唾をのんで見守るのが「地方財政対策(地財対策)」の閣議決定です。
私が財政課の予算総括担当だった頃、この時期はまさに自分の自治体の予算を集計し、全体像を作る詰め作業の真っ最中でした。国からの「地方財政対策の概要」の資料を手に、地方交付税がどれくらいの規模感になるかを予想し、予算の歳入・歳出が合致しそうかで一喜一憂したものです。
令和8年度の地方財政対策は、これまでにない「強気」な数字が並びました。地方の一般財源総額はついに100兆円という大台を突破。一見すると、空前の財政のゆとりが地方に訪れたかのように見えます。
しかし、この「マクロの数字」を手放しで喜んでいいのでしょうか?
地財計画はあくまで「マクロの平均像」に過ぎません。今回の地財対策が、あなたの自治体の予算編成において本当の意味で「救い」になるのか、それとも「数字上の幻」に終わるのか。
個別自治体の財政運営を見ると、物価上昇に伴う各種経費のまんべんない増加、人件費の増、歳出拡大圧力などに直面していて、必ずしも財政運営に「空前のゆとり」があるようには、とても思えません。
令和8年度地方財政対策をどのように評価し、自治体の予算編成に生かしていくか…。本日は、元財政課長の視点から、その裏側にあるロジックを解剖していきます。
さゆりR8地財、過大評価も過小評価も禁物!ここは落ち着いて分析していきましょうね!
ついに100兆円超え!令和8年度地方財政計画の規模はなぜ拡大したのか
令和8年度の地方財政計画(地財計画)の規模は、ついに100兆円の大台に乗りました。これは地方自治の歴史においても、一つの象徴的な転換点と言えます。
なぜ、これほどまでに規模が拡大したのでしょうか。その最大の要因は、好調な税収推移にあります。
税収増が押し上げる「地方財政のパイ」
地財計画の歳入面を見ると、地方税収が過去最高水準を更新しています。企業収益の改善に伴う法人関係税の伸びに加え、物価上昇に伴う消費税(地方消費税)の押し上げ効果が、如実に表れているのです。
言うまでもなく、地財計画の本質は「財源保障」にあります。地方が提供すべき行政サービスに必要な経費(歳出)を計算し、それに見合う財源(歳入)を国がセットする仕組みです。



地方財政制度の基本にゃ。
ただ、今回の規模拡大は、決して「地方に自由に使えるお金が増えた」という単純な話ではなく、後述する物価高騰による経費増や、人件費改定といった「必要経費」を賄うための、マクロ的な帳尻合わせの結果であると見るべきです。
個別自治体の財政運営を担う財政課の皆さんは、総額の大きさに目を奪われるのではなく、その中身、特に「一般財源」がどのような質で確保されたのかを注視し、それを適切に歳入予算に反映しなければなりません。
交付団体ベースの一般財源総額は+5.9%!苦しい予算編成の救世主か?
令和8年度の地財対策で最も目を引く数字の一つが、「交付団体ベースの一般財源総額」の伸び率です。前年度比でプラス5.9%という数字は、近年の予算編成の常識からすれば、驚異的な増加と言っていいでしょう。
財政課のデスクでこの数字を見た担当者は、「これで今年の予算は通る!」と一瞬胸をなでおろすかもしれません。しかし、ここで「マクロとミクロの峻別」という視点を忘れてはいけません。
「平均値」という罠
この5.9%という数字は、あくまで全国の交付団体を足し合わせた「マクロの平均」です。地方税収が好調な都市部や、特定の産業が活況な地域が平均を押し上げている側面があります。
一方で、人口減少が止まらず、目立った税収増が見込めない小規模自治体にとっては、その規模を押し上げる要因である税収が見込めないわけですから、ここは落ち着いて考えなければなりません。
おそらくそういった自治体では、税収の足らずを普通交付税がまかなってくれる形になるのですが、税収増局面において、普通交付税の算定に用いる基準財政需要額は、
現象をまともに食らって、厳しい算定になってしまうことが往々にしてあります。ですので、税収増がマクロの地財ほどに見込めなかったり、あるいはそもそも税収がそれほど多くない団体は、この地財対策を額面どおりに受け止めると危険だと言えるでしょう。
「足元」をどう見るか
一方、こういった地財対策が出ると、財政通の職員がいる所属が、強烈な歳出増圧力や査定減の復活などを求めて押しかけてきそうな気もします。



財政課長のときの記憶が蘇りますね…
「国が5.9%増と言っているんだから、うちの予算も増やせるはずだ」
という他課の主張に対し、自分のところの普通交付税の算定見込みを踏まえ、マクロの伸びが必ずしも個別の算定(ミクロ)に直結しないことを丁寧に、かつ粘り強く説明する準備を始めます。この「マクロの追い風」を、安易な経常経費の膨張に使わせない。それが財政課の腕の見せ所でもあります。
臨時財政対策債は今年もゼロ!マクロの地方財政は着実に健全化
令和8年度地財対策のもう一つの大きなトピックは、
臨時財政対策債(臨財債)の発行額が、前年度に続き「ゼロ」
となったことです。
かつて、地財計画の財源不足を埋めるための「苦肉の策」として膨れ上がった臨財債が、2年連続でゼロになったという事実は、地方財政の構造がかつての「借金頼み」から脱却しつつあることを示しています。
「赤字国債」の地方版からの脱却
臨財債は、地方交付税の不足分を地方自治体に起債させて賄わせ、その元利償還金は将来の交付税で措置されるという、極めて複雑で分かりにくく、そして不透明な仕組みでした。



「地方交付税の振替措置」という言い方をする人もいますけど、実際は基準財政需要額を臨財債…すなわち地方の借金にさせてるわけですから、なかなかの筋悪案件なんですよね。
その臨財債がゼロになったということは、地方財政健全化の「出口」が見えてきたことを意味します。地方交付税の原資となる国税5税(所得税、法人税、消費税、酒税、地方法人税)の税収が好調であり、借金に頼らずとも地方の財源保障が可能になったのです。
これはマクロで見れば大勝利ですが、現場の担当者としては「将来の交付税措置」という担保付きの借金枠がなくなることを意味します。
「臨財債がなくなってスッキリした」と喜ぶ反面、これからは「実力(税収と交付税)」だけで勝負しなければならない時代が本格的に到来したと言えます。マクロが健全化したからこそ、個別自治体には「よりシビアな財政運営」が求められる皮肉な状況が生まれているのです。
物価高は地財の歳出に反映、マクロの財源保障が効いている
昨今の物価高騰は、自治体の現場を直撃しています。光熱費の上昇、建設資材の高騰による公共事業費の跳ね上がり。これらは予算編成において最大の懸念事項でした。
令和8年度の地財計画では、これらの物価高騰による経費増が「一般行政経費」等の歳出項目に一定程度反映されています。
財源保障機能の正常な作動
「財源保障機能」とは、地方が標準的な行政サービスを行うために必要な経費を、国がしっかりと計算し、財源を用意することです。物価が上がれば、それに対応して地財計画の歳出(標準的な経費)も増額されなければなりません。
令和8年度の対策を見ると、このメカニズムがマクロレベルでは機能していることが分かります。自治体が直面しているコスト増を、国が地財計画を通じて「一般財源の積み増し」という形で手当てした格好です。
現場の「実感」とのズレを埋めるために
ただし、ここでも「マクロの計上」と「現場の予算」には乖離があります。
地財計画で各種歳出が増額されても、実際に自分の自治体において各種経費が想定以上に跳ね上がったりした場合、その差額は自らの財源でやりくりしなければなりません。
財政担当者は、地財計画の「一般行政経費」の伸びを根拠に、財政調整基金の取り崩しを最小限に抑えつつ、物価高に対応した予算枠を確保するための「ロジック」を組み立てる必要があります。国の対策を「追い風」として活用しつつ、現場のミクロな数字とどう向き合っていくか。
令和8年度予算編成の正念場は、まさにここにあるのです。
令和8年度人勧に対応する給与改定費も当初から計上済み
公務員にとって、そして財政課にとって最も頭の痛い問題の一つが「給与改定」です。
例年、人事院勧告(人勧)や自治体ごとの人事委員会勧告が出されるのは夏以降。そのため、当初予算編成時点では、その影響額を見込むことが非常に難しいのが通例でした。
しかし、令和8年度の地財対策では、この人勧による給与改定費が当初から地財計画の歳出に計上されています。



2026年人勧を、こちらの記事で予想しています!


財政課が「補正予算」で走り回らなくて済む?
通常のプロセスでは、年度途中の給与改定に伴う増額分は、12月補正予算等で対応します。その財源は、決算剰余金や、運良く伸びた税収、あるいは年度末の交付税再算定(精算分)を充てるという、かなり「綱渡り」な対応を強いられてきました。



財政運営が厳しくて、この増額改定ができなかったところもあるとか…
令和8年度は、この経費がマクロの計画段階で織り込まれているため、地方交付税の算定(基準財政需要額)においても一定の配慮がなされることになります。これは、年度当初から安定的な財源確保の見通しが立つという意味で、実務的には非常に大きな前進です。



ちなみに、令和7年度も同様でした。
「手放しで喜べない」理由
ただし、ここで注意が必要なのは、地財計画に計上されたからといって、あなたの自治体に「給与増額分の現金」がそのまま振り込まれるわけではないということです。
あくまで、交付税の算定基礎である「基準財政需要額」が膨らむだけであり、もしあなたの自治体が「不交付団体」であったり、交付税の算定における税収見積もりが高すぎたりすれば、結局は自腹を切って給与改定に対応しなければならないという現実は変わりません。
令和8年度地財、残された課題と「マクロ・ミクロ」の深い溝
ここまで令和8年度地財対策の「明るい面」を見てきましたが、ここからは残された課題についても見ていきましょう。
マクロの数字がこれほど健全化しているのに、なぜ現場の財政課長は「苦しい」と言い続けるのでしょうか…。



この話は結構いろんなところで聞くのにゃ。
税収の伸びは、個別自治体の「財布」とリンクしているか
第一の課題は、税収増の偏在です。地財計画で見込まれる税収増は、主に法人関係税や消費税が牽引しています。しかし、地場産業の衰退や人口流出に苦しむ過疎自治体において、マクロ並みの税収増を期待するのは酷な話です。
地財計画上で「地方税が増えるから交付税を減らす(抑制する)」というロジックが働くと、税収が伸びない自治体にとっては、入るはずの交付税が削られるという「ダブルパンチ」になりかねません。マクロの健全化が、かえって個別自治体の格差を広げてしまう皮肉な構図があります。
マクロの健全化と、個別団体の財政状況のミスマッチ
第二に、臨財債がゼロになり、一般財源総額が増えたとしても、自治体が抱える「義務的経費」の膨張は止まらないという点です。
扶助費(社会保障費)の増大、公共施設の老朽化に伴う更新費用。そして、これらが物価高騰の影響で全体的に上がってしまっていく…。
これらは地財計画の「一般行政経費」の単価増だけでは到底追いつかないスピードで増え続けています。国が「地方財政は健全だ」と宣言する一方で、現場では「基金を取り崩さなければ予算が組めない」という悲鳴が上がっている。このミスマッチをどう埋めるかが、今後の最大の論点です。
国家財政は厳しいのに、地方財政だけが健全化して見える危うさ
そして、私が国も地方も経験した立場から最も危惧しているのが、国家財政との対比です。
国(一般会計)は依然として巨額の赤字国債に依存し、厳しい財政運営を強いられています。そんな中、地方財政だけが「臨財債ゼロ」「一般財源100兆円」と謳われれば、財務省から「地方にはまだ余裕がある。国の地方向け支出をもっと削減し、地方負担を増やすべきだ」という圧力がかかるのは火を見るより明らかです。
地方財政の健全化が「地方への財政移転の縮小」を正当化する口実に使われないよう、常に目を光らせておくべきだと説かれています。私たちは、表面的な数字の良さに浮かれるのではなく、その背後にある「国の財政規律」とのせめぎ合いを意識しなければなりません。
まとめ:100兆円時代の予算編成、財政担当者に求められる「覚悟」
令和8年度の地方財政対策を概観してきましたが、いかがでしたでしょうか。
「一般財源総額100兆円突破」「臨財債ゼロ」という華々しい見出しの裏側には、物価高騰への対応、給与改定費の計上、そしてマクロの健全化に伴う「国からの厳しい視線」という、複雑な背景が隠されています。
最後に、今まさに予算編成の最終盤にいる皆さんに、元財政課長として伝えたいポイントを3つにまとめます。
1. 「マクロの追い風」を「ミクロの交渉」の武器にする
地財計画で一般行政経費や給与費が手厚く計上されている事実は、他課からの「増額要望」に対する防波堤にもなれば、逆に必要な予算を確保するための「盾」にもなります。
「国が地財計画でこれだけの手当てをしているのだから、わが市でもこの範囲内での対応は不可欠だ」というロジックは、首長や議会への説明において強力な説得力を持ちます。単に「お金がない」と突っぱねるのではなく、国の地財対策という「客観的な指標」をいかに自分の自治体のストーリーに組み込むか。その戦略眼が問われています。



地財を勉強している人の主張には、深みがありますよね。
2. 「臨財債ゼロ」が意味する本当の責任
臨財債という「後払いの魔法」が使えなくなったことは、私たちが「今ある財源」の中で優先順位をつけ、自立した財政運営を行う時代が完全に来たことを意味します。
地財制度は地方の「財源保障」をしてくれますが、それはあくまで「標準的な行政サービス」に対するものです。自らの自治体が「標準」を超えて何を成し遂げたいのか。そのためには何を削るのか。その決断の重みは、マクロが健全化した今こそ、より一層増しています。
3. 現場の実感(ミクロ)を信じ、声を上げ続ける
地財計画の100兆円が、あなたの町の保育所の運営費や、老朽化した道路の補修費にそのまま直結するわけではありません。マクロの数字と現場の困りごとの間には、常に深い溝があります。
皆さんが日々向き合っている「予算が足りない」「現場が回らない」という実感こそが、次の地財対策を動かす一次情報になります。総務省や県に対しても、現場のミクロな実態をデータで突きつけ、財源保障の更なる充実を訴え続けること。それが、地方財政というシステムを健全に維持し続ける唯一の道です。
予算編成の山場は、精神的にも肉体的にも過酷な時期です。私もかつて、深夜の財政課で「この数字にどんな意味があるのか」と自問自答した夜がありました。しかし、あなたが積み上げているその数字の一つひとつが、住民の暮らしを支え、地域の未来を形作っているのです。



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